■ヤマサキオサムのBlog - 無事に第六回JAniCA総会を行いました。

無事に第六回JAniCA総会を行いました。

カテゴリ : 
アニメ監督ひねもす日記
執筆 : 
ヤマサキオサム 2012-6-20 23:30
17日(日曜日)に無事に総会を完了しました。

議事録が公開されますので、詳細はJAniCAホームページにてご確認下さい。

その中で、私はこの二年間JAniCAの代表理事を務めてまいりましたが、テレビシリーズの監督作業と劇場作品の監督作業が同時進行しており、物理的に代表職を続ける事が難しい事もあり、井上俊之理事に代表就任していただく事が正式に決定いたしました。

つきましては皆さんの、更なるご支援をお願い申し上げます。

今年度も『若手人材育成事業』をはじめ、アニメーターや演出家の環境改善に向けたプロジェクトを進めて行きたいと思っています。

その一つが『絵コンテの著作権』に関する権利獲得です。

 下記はまだ私の私見ではありますが、中国や韓国のアニメ会社から自国のアニメ製作のために、日本の絵コンテ製作技術だけを欲して、発注してくるようになってきた昨今、絵コンテの著作権は国を挙げて守るべき知的財産権だと強く感じる事が度々有ります。

では、現在映像作品に関する著作権はいったい日本ではどうなっているのか?

映像作品(ここではあえて映画とは言わないでおきたい)の製作には金が掛かる。
 特に自主制作ではない商業作品に関して、プロデューサーや監督は数千万〜数十億円の予算を投資として集め、回収、さらにはそれによる利益を生み出すことを求められる。
 その意味で言えば、我々がやっている事は証券マンが行っている投資ビジネスと変わらない。
プロデューサー的な仕事もする自分としては、1970年に行われた映像著作権に関する法改正は、投資側の立場から見れば理にかなっているように感じる。

多くのクリエーターが関わる映像作品において、映画そのものに対する著作を参加した関係者が個別に権利主張を始めたら、いろんな意味で資金回収が困難になってしまう。
そこで、製作の幹事会社が映像の権利をまとめて管理するのは、投資側としてはある意味で出資しやすいのだ。
それに、映像製作の主体が監督に有るか?プロデューサーに有るのかに関しても、作品によってその比重は随分異なるように感じる。

しかし、監督として自分の名前や実績で作品が売られていたり、批評されることを考えれば当然、私も作品に対して権利主張したくなる。

特に最近、アニメーションの世界では中国や韓国が自国で作品製作を始め、日本のアニメ制作のノウハウを使って世界展開を目論み始めている。
中国も韓国も、企画、脚本に関しては実写製作と共通する部分であり、実写のプロデューサーや脚本家がその部分を担当できる。
作画以降の物量処理のノウハウも日本アニメの下請け経験によって人材が育っている。

しかし、絵コンテやデザインと言った基本設計の部分は、これまで日本でほとんどを創り込まれ、後工程の受注しか行われてこなかったために、中国や韓国ではまだ人材が育っていないのだ。

そこで最近、これら近隣諸国から絵コンテやキャラクターデザインのような、設計工程のみが日本に逆発注されるようになって来た。
解りやすく言えば、日本アニメの魅力の要と言える、これら映像設計の部分を単価ベースで発注してくるのだ。
しかし日本のアニメ制作では、本来この部分は作品制作全体の予算がある程度まとまった額である事で、単価を安く抑えている。
 それを設計部分のみを発注し、それも買い取り契約と言うのなら、本来の料金の桁は一桁変わるべきである。

 しかし、その交渉ノウハウも契約のたたき台も今の我々は持ち合わせていない。

 そこで私は今年、経済産業省の関係者に協力してもらい、シナリオ同様に絵コンテやデザインの著作権を確保する契約の仕組みを構築したいと考えている。
 なぜならアニメーションにおいての絵コンテは、レイアウトやカメラワークを指示し、ライティングやキャラクターの芝居、カットのフレーム単位の秒数指定まで、フィルム編集がほとんど必要ないレベルまで設計するからである。

 宮崎駿監督を始め、力のあるアニメの監督の多くはシナリオが無くても、漫画家がネーム作業でストーリー設計をするように、絵コンテで直接、映像の設計を行うことが出来る。
 原作漫画や小説をベースにした場合はなおさら、シナリオは要らない。
したがって、シナリオは無くともアニメ映像は作れるが、絵コンテが無くては作品自体が作れないのが現実なのだ。

 その意味で、アニメーションにおいての絵コンテはシナリオ以上に重要であると考える。
 だから、諸外国も優秀な監督が描く絵コンテが欲しいのだ。

 この流れを上手く利用すれば、映像自体の著作権は認められなくとも、その設計図である絵コンテをシナリオ同様に正当な権利物として主張する事が出来るようになる。
 それも行政関係者のお墨付きで、現行法の改正無しに我々は自分の作った作品の設計著作権を手にできる。

 結果的には映像作品に関する二次使用の著作をシナリオ並みには主張出来るはずだ。

 現在、文化庁は、『メディア芸術コンソーシアム構築事業』と言う、ゲーム、漫画、アニメーション、メディアアートの各分野の人材育成を目標とした取り組みを始めている。
 そこには、経済産業省や総務省、内閣知財本部など省庁間をまたいだ連携も行いつつ、次世代の日本のメディア芸術を担う若手クリエーターの育成行おうとしているのだ。
 人材育成に必要な要素、それは新人の生活が成り立つ仕事である事、そして憧れられる具体的な目標がある事。
 その目標として、絵コンテの著作権獲得は大きな意味を持つはずである。

 アニメーターとアニメ演出家の事業者団体であるJAniCAの理事として、私はこの流れを有効に使い、著作権獲得の目標を達成したいと考えている。

 さらに言えば、映像がデジタル化して以降、映像作品の原版・著作権は、制作会社にすら残らなくなっている。

 かつてフィルム時代にはマスターフィルムの管理は制作会社が行っていた。
 劇場用のプリントもテレビ用のテレシネ作業も上映したり、コピーすると画像が劣化したアナログ時代と違い、デジタルのコピーマスターはクライアントである出資企業に納品すると、コピー原版からでも映像は理論的には劣化しなくなったのだ。
 結果的に、劇場公開やテレビの再放送のたびにプリント手数料等で二次的な収益を上げていた制作会社はこの原版の管理手数料が払われなくなっている。

 自社流通を持っている東映動画以外のほとんどのアニメ制作会社は、下請け会社である。
 そのために、監督やライターのコーディネート、各種設定書の作成など、全ての制作作業を行っていても、前文で紹介した理由により現行法で認められているはずの著作権を実質的にビデオメーカー等の出資企業に原版権ごと持っていかれている。

 我々、現場スタッフが実質的にパートナーシップを組む制作現場自体が、著作権を主張できないままジリ貧に喘いでいるのだ。

 景気低迷の中で、コスト削減をしながら何とか作品を作り続けている我々現場としては、作品がヒットした時くらいは正当に印税所得を手に出来る業界ルールを、現場制作会社と手を取り合って、クライアントである出資企業と交渉していきたい。

 弱さを武器に権利の主張だけをしていても、誰もそんな言葉に耳を傾けてはくれない。
 我々の武器はヒット作品を生み出せる経験と知識、そしてプロとしての技術を有している事だ。

 投資家はお金を・・・。
 制作会社は制作環境を・・・。
 そして、我々スタッフは技術と時間を提供する。

 その上で、お客さんが金を払っても観たいと思える映像を作り、作品に関わった全ての人間が、それなりに満足できて、それなりに潤って、それなりに幸せを感じられる・・・そんな環境の整備こそが、著作権獲得につながる遠回りなようで、実は最も現実的な近道だと私は思っている。

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