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『才能とはなにか?』

昭和50年代半ばに、県立熊本工業高等学校を卒業してアニメ業界に入った4人の先輩後輩は現在、全員がTVアニメの監督になっている。

『地獄少女』『クッキンアイドル アイ!マイ!まいん! 』等の わたなべひろし 監督

『PEACE MAKER 鐵』『トリニティ・ブラッド』等の 平田智浩 監督

『魔人探偵脳噛ネウロ』『RAINBOW-二舎六房の七人-』等の神志那弘志 監督

そして、『地球へ…』『イタズラなKiss』等の監督を担当している私
である。

その後、この業界に進んだ後輩が居るのかどうかは判らないが、私が知る限り、私の上下5年間でアニメ業界に進んだ同校の卒業生は、100%プロアニメーターとして仕事を成り立たせ、結婚もし、それなりに評価される立場にある。

アニメーターの離職率が80〜90%といわれる中で、それはある意味驚異的な事実かもしれない。
が、人材育成を考える上でなにが必要なのかを知るために、この経験を分析する事は、本質を理解する近道である気がする。

「プロの世界でやっていけるようになるには才能が必要だ!」

学生時代、親にも高校の先生にもこう諭され、もっと手堅い一般的な仕事を目指す事を薦められた。

だが、その大人たちが助言する時に使う『才能』と言う物は、いったいどういう物なのか?

その事を明確に答えられる人間が、どれだけ居るだろう?

先の事例を基に考えると、私の先輩や後輩はおそらく『才能』が有ったのだ。
それはどんな物だったのか?

・絵がものすごく上手かった?
・映像センスがずば抜けていた?
・学習能力が高く、非常に器用だった?

他の先輩や後輩の事は判らないが、私に関して言えばおそらく上記の3要素は全て人並みだったと思う。

だが現在、業界を見渡せば、私より遙かに絵が上手かった多くの人たちは、離職し、同期で残っているのは10人に1人くらいだ。

従って、上記の3要素がアニメーターとして『やって行けるか』『行けないか』を決める才能という物ではないことが判る。

では、離職して行く人間と、形に成って行く人間は何が違うのか?

『才能の本質はきっとここに有る』

15年間、専門学校で講義していて卒業生のその後を追ってみると、技術的な優劣は10年も経てばある程度緩和され、プロとして必要最低限身に着けるべき技術は誰にも備わる気がする。
ただ、スタート段階でどんなに絵が上手くても続けていけない人間も存在する。

それはどう言うことなのか?

業界を去る人間は、絵を描く事がそれほど好きではない。
もしくは、アニメーターが描くような他人のデザインした絵を一日中、何枚も描く作業に苦痛を感じるのである。

『技術的な能力』と『精神的な資質』は、必ずしも理想的な対に成っているとは限らない。

学習能力の高さや手先の器用さを評価し、教科書通りの技術指導することで、専門学校や職業訓練施設は“人材育成”をしている気になっている。

しかし、本来『才能』とは、それだけでは育たないのだ。

『技術があればやっていける』とか『技術がないからやっていけない』とか、そのような意識で人材育成を考えていると計画は頓挫する。

たしかに、技術力は大切なのだが10年くらいの長期スパンでみれば、続けていける人間には、必然的に技術力は付いてくる。

最も重要な能力は、その仕事を続けていて苦痛でないかどうかだ。

1日中、机に向かって絵を描き続ける事、アニメの動きを想像してキャラクターに演技させる事を楽しめるか?
その素養が有るかどうかがアニメーターでやっていけるかどうかの才能であり、資質である。

その本質は、実は一般業種でも同様だ。

私の高校の先輩後輩は、おそらく全員がアニメの絵を描く事が好きだったのだと思う。
才能が有ったとすればその一点に尽きる。

しかしながら、
「そんな事で誰もが監督に成れるのなら、今頃アニメ業界は監督だらけだ」そう思う人も居るだろう。

そこで重要になってくるのが、“年齢が離れすぎない才能の有る先輩”の存在なのだ。

1〜2年上の先輩がどんな事を考え、どんな仕事の仕方をして、どんな風に現状を成り立たせているのか?
その姿を見る事、知る事が、その下に続く後輩たちの指針になる。

例えて言おう。
満員電車に閉じ込められたまま、電車が緊急停止した場合を想定してほしい。
車内アナウンスが以下を伝える。

・電車が止まった原因。
・復旧の目処。
・今後の対応。

劣悪な環境の中でも、それらの情報が的確に伝えられれば、人は耐えられるだろう。

しかし、何も情報が入ってこないと不安だけが増して、現状から逃れる事ばかりを考えるようになる。
それと似た状態が新人アニメーターに、起こってはいないだろうか。


有難いことに私の場合、二人の尊敬する先輩が、早い段階で作画監督やキャラクターデザイナーとして成功していたので
「自分も頑張れば・・・」と、確証の無い自信と憧れを心のどこかに持っていられた。

同時に10年、20年上の先輩たちにも恵まれていたと思う。

その辺りの話は次回にするとして。

直近の話をまとめると、個人的に運が良かったのは、
わたなべ先輩が最初に所属されたていた『スタジオライブ』の存在とスタッフの情報を、身近に得られたことかもしれない。

芦田豊雄さん率いるこのアニメスタジオ『スタジオライブ』は、スタッフの業界定着率80%を誇る会社だ。

離職率80〜90%(定着率20%以下)と言われるアニメ業界に有って、このスタジオの存在は、特筆すべきものがある。

監督、作画監督、キャラクターデザイナー,等々・・・
このスタジオの出身者には、著名なアニメの中核スタッフが数多く存在する。

『人材育成の環境づくり』

アニメーターの賃金部分を置いておくと、その最も重要な人材育成の要素は技術的な内容も
含め、新人のメンタルコントロール手段だと思う。

少し努力すれば到達できそうな少し上の先輩の存在。
そして、さらにその上の大先輩たちの存在。

先輩たちが仕事に対し、どのように日々の訓練をし、ステップアップをしているのか。

聴く事、見る事、語りあう事。

それらの条件が整った環境づくりこそ、
人材育成に求められる重要な要素なのだと考えている。
前回の続きで動画単価の話を少し。

『TVシリーズ作品1本あたりの動画単価値上げ分が、
50万円有ればアニメーターの新人は食えるようになる』
前回、そう書きましたが、実際にはアニメ作品全体の8割の動画と仕上げ(ペイント)の作業は、中国や韓国をはじめとする東アジア諸国に出てしまっています。

その現状を考えると、実は1本あたりの動画の値上げ分は10万円前後なのが実情です。

現在の動画は、仕上げの3〜4倍の手間がかかります。
仕上げ単価が200円と言うのなら、動画単価は600円。

「そんな予算は取れない」と言うのであれば、
仕上げ100円に対して動画300円と言うのは、最低限譲歩した金額ではないでしょうか?

国内の動画上がりが無ければ、国内の仕上げの仕事も無くなるのです。
『動画と仕上げの関係』は切り離しようがない問題です。

そんな金額では国内に仕上げは撒けないと言うのなら、
国内撒きする分だけいくらかの仕上げ単価を上乗せすればいい。

8割の海外分まで値段を上げろとは言っていないのだから…。

国内のアニメーター育成のために、なんとか新人が育つ土壌の整備をしましょうよ。

5月のシンポジュームから早3ヵ月。
残念ながらその間、動画単価が上がったと言う話はほとんど耳にしない。

『国内アニメ産業の育成』そんなお題目を唱えるのなら、
文部科学省は新人アニメーターが育つ、現場の土壌改良を行なうべきじゃないでしょうか。

使えない動画マンに原画をやらせ、仕上げのギャラより安い作画監督料で、
40歳過ぎのベテランアニメーターに全部描き直させて、なんとか商品になるレベルまでクオリティーを上げる。

そんなアニメの作り方は、もう限界に来ています。

若い世代に元気で、優秀で、骨太なアニメーターが育つ土壌を作りませんか。
今の日本のアニメ業界で、我々ベテランアニメーターが新人に水を与え続けるのは、限界があります。

荒れて痩せた土地では、どんなに優秀な種も芽吹きません。
たとえ芽吹いたとしても、水だけでは花も咲かないし、実も結ばない。
新芽が育つためには、肥料が必要なのです。

平均的な動画マンが、人として食えるだけのギャラは出しませんか?
全制作作品の2割。
月給10万円以下。

国内の新人アニメーターが育つ土地は、規模が極端に小さく、
金銭的には信じ難いほど貧しい。

これは産業構造的に起こっている問題ではなく
現場のトップがあまりに無策だから起こっている問題ではないでしょうか。

文部科学省、厚生労働省、経済産業省の方々。
政権を獲られた民主党の議員の皆様。
このふぬけた業界に行政指導してもらえませんかね。

117億円の金銭的な支援より、よほど業界が健全化します。

冗談ではなく…どうぞ真面目にご検討ください。
前回、アニメーターの新人の惨状を書いた。
では、アニメ関係者が皆等しく貧しいか。というと実はそれは当てはまらない。

キャリアや実績とは関係なく、儲かるセクションとジリ貧なセクションが共存している…と言うのが現実なのだ。


こういう場所で書くのは、本来「いかがなものか・・・?」と言う内容ではあるが、
アニメ業界の予算割に関しては、当然知っているべき制作担当者すら実情を
正確に理解していない現実がある。
その結果が業界の現状を悪化させているのでは、と私は考えている。

ここではあえて言おう。

■動画マンを救うのに必要な金は、制作費一千数百万円のTVシリーズ1話あたり、わずかに50万円■

200円の動画単価を300円に値上げすると、いくら足りないのか?
1話あたりの動画の平均的な使用枚数は、4000枚〜5000枚。
この数字からはじき出される、値上がり分の動画経費は1話あたり、わずか50万円。

この金額は本当に捻出できないのか?


まずは、音響監督費。

TVシリーズの音響監督は平均15万〜18万円
同じ作品の監督料は20万〜25万円
作画監督は30万円前後。

一見、この数字は妥当なように見えるが、実際はまったく実状にあっていないだろう。
前回書いたが、作画監督は上記の金額で1ヶ月半からそれ以上拘束され、月額20万円そこそこ。

監督に関しては、25〜26話(約半年間)のシリーズに関わると放映の半年前から準備に入るため、年間の平均収入に換算すると月額50万円前後である。

これに対し、音響監督は1話あたりに拘束される時間は、仕込みを入れて2日。
従って、音響監督は同時に2〜3タイトル掛け持っているケースが多い。
結果、1週間に3本。

1ヶ月に12本以上をこなす事も可能だ。
月産15万円×12本=180万円
年収2000万円以上稼いでいる音響監督がざらに居る。

シナリオライターに関しても、1本18万円前後で2〜3本掛け持っているのであるが、さすがに2日で決定稿が上がる事は稀なので、1〜2本を1ヶ月平均で上げると考えると、原稿料としては月30万円前後だろう。
これが安いと思うか高いと思うかは、仕事の内容次第だが、ヒット作品に恵まれるとライターには脚本印税として不労所得が数百万円単位で支払われる。

毎月3タイトル以上の作品に関わっているのであるなら、
ヒット作品にめぐり合う確率もそれなりに増える。
結果、仕事が出来るライターは楽に年収1000万円以上は稼ぎ出す。


この他にも、撮影はTVシリーズ1話に対して、80万〜100万円。
撮影は4〜5人くらいのチームで3日〜4日でTVシリーズ1本分の撮影をこなす。
この他に、線撮りと言う動画撮影や原画撮影、絵コンテ撮影などの撮影作業が発生し、その作業も含めた予算が金額の中に含まれている。
結果的に、4〜5人で月産400万円以上売り上げる。

上記に上げたそれぞれのセクションの売り上げが、他の産業の平均に対して高いか安いかと考えれば
「年収2000万円くらい普通でしょう」と言えなくもない。

なんにしても、アニメに関わっている全ての関係者が、等しく貧しいわけではないのは事実だ。

もちろん、頭が下がるほど立派な仕事をされる音響監督やシナリオライターも多数おいでになる。
だから一概にギャラの多少ではなく、バランスに問題があると思うのだ。

* * *

そこで各セクションに支払う金額に目を向けてみる。

音響監督費は高すぎないか?
シナリオライターは印税を主張するのなら、最低原稿料の設定は本当に必要なのか?
撮影のムダは制作管理の怠慢が原因で産み出されていないか?

更に言えば、動画より労力の大きい作画監督の労働対価はそのままでいいのだろうか。

作画監督は未熟なレイアウトや原画を全部描き直す。
作品の出来が悪いと、名前が出ている分ファンや業界から叩かれる。

労働報酬はと言えば、原画マンには未熟でも1カット4000円。
作画監督にはカット割すると1カット1000円にも満たないギャラしか払われていない。
1枚単価に直すと安いと言われている動画単価より安いのだ。

作業内容と労働報酬があまりに遊離している。
お金ではなく文字通り作品に対する愛情で、体力・気力を注ぎ込んでいる作画監督の待遇は本当にこのままで良いのだろうか。

作品のメインスタッフは、新人に憧れられる人間であるべきだ。
「努力して頑張れば先輩たちのように成れる」
その思いが優秀な次世代を育てる。

“働いた人間が、働いた分だけ正当に報酬を受け取る”
そんな当たり前の仕組みが成立していない事が、残念でならない。

この問題は後続のためにも、業界のためにも
作品を代表している監督が声を大にして訴えるべき事だと、私は思っている。

アニメ業界は決して貧しくなどない。
アニメーターが貧しいだけなのだ。

その現実を業界関係者は正しく理解し
バランスを整え、改善を行なう勇気を持って欲しい。

作画監督の所で作業が滞るのは、
まともな仕事が出来る原画マンの数が、急速に減って来ているためである。

その原因を作り出しているのは、
立場的にギャラ交渉が出来ない新人アニメーターへの
制作管理者の“配慮不足”が現状を生み出している。

それは間違いのない事実だと思う。
2009年5月22日
『アニメーター実態調査シンポジウム2009』を無事に、
一つの形として纏められた事は非常に素晴らしいと思う。

当日、深夜に伝えられたNHKの『ニュース』は国内の一般の方たちにも、
海外のアニメファンにもショッキングだったようだが…。

このシンポジュームと報道で語られた内容だけでは、アニメ業界で起こっている「現在の事象」は理解できないかと思うので
これから解りやすく解説してみたいと思う。

まず、アニメ産業全体が貧しいわけでない事は、多くの作品が世界で重要なコンテンツとして認知され、数十兆円規模の市場に成っている事を考えれば、想像に難くないだろう。

ではなぜ、制作現場のアニメーターがこれ程までに貧しいのか?

よく言われるのは「代理店やTV局が中間搾取しすぎているから」
たしかにここも問題点かもしれない。

しかし、この部分の実状は正確に把握出来ていないので、解ったような事を書くのは避けておく。
遠くない時期に公正取引委員会等が、実態の洗い出しと行政的な指導を行なうと言う噂は聞いているので、今はその展開を見守りたい。

では、振り返って制作現場の現状を。

まず、『話題になった動画担当の新人アニメーターの実態』である。

今回シンポジュームでも発表されたようにデジタル化して以後の動画マンの平均月産枚数は、約500枚平均である。
これに対する単価設定は200〜250円。
よって、月額10万円〜12万円。源泉税1割を引いた手取りは約9万円〜10万円になる。

ここから年金や健康保険料、家賃、食費を捻出する。
東京の家賃は5万〜7万円である事を考えれば、
到底贅沢な生活はできない。

これに対して、同じ新人のペイント(仕上げ)はどうか?
ペイント担当者1人の平均月産枚数は約2000枚。
これに対する単価設定は180〜200円なので、月額36万円〜40万円。
源泉税1割を引いた手取りは約32万円〜36万円となる。

この金額の差はなぜ起こっているのか?

それは、この単価設定が「セルアニメのアナログ時代に決められた物」がそのままスライドした事にある。

かつてセルのペイント作業は、
絵の具の乾き待ちや影の色トレス等、動画と同じように熟練の技術と手間隙が掛かったため、
担当者1人の月産枚数は約700〜1000枚前後だったのだ。

当時、動画もほぼ同様の枚数を処理できた。

それゆえ、20年前の動画マンであるベテランアニメーターたちは「
俺たちの頃は皆、1000枚くらい書いていた」と言うような話を口にする。

だが、当時の動画はトレスマシンの性質上、
鉛筆の実線以外は色鉛筆の色を写し取らなかったために、
一発描きと言う色鉛筆の下書きをアタリで取って、そのままクリンナップする事もできたし、
実線が厳密につながっていなくてもハンドペイントだったために、
色が実線からはみ出して流れ出す事も考えなくて良かったのだ。

影色も裏から塗る必要も無く、現在のデジタルペイント用の動画と比べれば、そう言った意味では、手間隙が非常に軽減されていた。

その事を理解せずに、過去の単価設定をスライドしている事が、
現在の新人アニメーターの生活を困窮させている理由なのではないか。

そして、同時にスケジュールの破綻を招く原因もつくっている。

『上記のような状態が、すでに10年以上続いた結果、アニメ業界で今なにが起こっているのか』

現在アニメ業界において、
まともな原画が描ける若い人材が極端に減って来ている。

その最大の原因は、新人の過酷な労働環境に起因している。
多くのアニメ会社が新人を入れる時に
「自宅から通えるか?」「親からの仕送りはあるか?」を聞く。

その条件がクリアーされないと新人アニメーターは生活出来ないからだ。

この最初のフィルターリングで、アニメの仕事を職業にしたいと思っている優秀な人材の多くが振り落とされ、月収5〜6万円でやっていける人材だけが、業界に入ってくる。

この中には、まだやる気が有って技術もある若者もわずかに残っているが、少なくない数の趣味人も存在するのだ。

仕事としてアニメに関わらなくてもいい人材。
趣味のようにアニメの絵を描いていられるスタッフが、毎年大量に入ってくる。

かつてアニメーターの多くは才能が無いから辞めていった。

だが、現在は頭が良くて技術力のある者から業界を去っていく。
もちろん全員が全員、そうだとは言わない。
中には苦しい生活の中で、必死にアニメーターを職業にしようと頑張っている後輩たちもいる。

だが、そんな真面目で一生懸命な人の隣で、遊びのように絵を描き、同人本を作り、
仕事中にゲームをやったり、アニメや漫画を見て、まともに仕事をしない趣味人なアニメーターが共存しているのだ。
彼らは月額2〜3万円のお小遣いが稼げれば、悠々自適に生活できる。

その姿を観て、やる気のある頭のいい新人はこの業界を去っていく。

学生時代に自分よりも技術力の無かった友達がゲーム業界等で活躍し、月収30万円くらい稼いでいる事を知っているから、こんな馬鹿げたアニメ業界で潰れたら馬鹿馬鹿しいと思うのだ。

その結果、優秀なアニメーターの人材が枯渇していく。

10年もその状態が続いているのだ。
優秀な原画マンが出てくる確率は極端に減っている。
現在、日本のアニメ作品を支えている代表的な監督や作画監督、デザイナー、そして優秀な原画マンは40代〜50代に集中している。
そのほとんどは、すでに20代で監督や作画監督、デザイナーとして活躍していた。

その層がいまだにアニメ業界を支えているのだ。
年々、このスタッフに掛かる付加が増えて来ている。

育ってくるべき優秀な原画マンが、驚くほど減ってしまったからだ。

レイアウトも描けない。
原画もタイムシートもまともに描けない。
だから、演出や作画監督が全部描き直さないとまともな絵にならない。
仕方ないので、ベテランが全てのラフ原画を描いて新人のアニメーターがクリンナップだけをする。

それを「第二原画」などという言い方をするので、
原画マンになったと思ってしまうのだが、20年前はそれは「原画トレス」と言って動画の仕事だったのだ。

今、仕上げや撮影、音響のスタッフが
「監督や作画監督が仕事を抱えてチェック作業を遅らせるから、自分たちに時間が無くなって大変迷惑をしている」といった不満を口にするのを聞く。

だが、この段階で絵を描き直さないと、惨憺たる映像が出来上がってしまうのだ。
そして、それによって「作画崩壊!」とか「出来が悪い!」と叩かれるのは監督であり、作画監督である。

クライアントからの評価もここに集中する。

出来の悪い作品を作ったら、
監督も作画監督も次の仕事が非常に取りづらくなるだろう。
しかし、まともな原画マンは育ってこない。
仕方なく、監督や演出や作画監督が寝る時間を削って絵を描き直すのだ。

作画監督の1本の単価は約30万円。
平均して作画INしてUPするまでに1ヵ月半。
月額20万円そこそこである。
業界歴20数年のベテランアニメーターがである。

その同じ職場で、ペイントの新人が毎月30万〜40万円稼ぐ。

制作会社のプロデューサーは、この現状を解っていながら放置している。
問題を解決するためには、1社だけが予算配分を変えてもどうにもならないからだ。

動画の新人が、まともに生活するのに必要な金額は最低15万円。
これを月産枚数500枚で割ると、最低単価は1枚300円になる。

動画とペイントを合わせた単価は、現在400円〜450円。

その内300円を動画に振り分け、残り100円をペイントに振った場合、
ペイント担当者の収入はいくらになるのか?
月産2000枚×100円=20万円である。

「この予算配分の見直しはなぜ出来ないのだろうか?」

制作会社の統括機関である動画協会の調整機能が正常に働く事を、切に望む。

改革の始まり

カテゴリ : 
アニメ監督ひねもす日記
執筆 : 
ヤマサキオサム 2009-4-8 15:58
2009年4月6日午後、弊社ワオワールドの会議室に日本のアニメ業界を代表する各社プロデューサー総勢十数名にお越しいただき、今後のアニメ業界のあり方について非公式な会合を開いた。

まだ非公式な会であり、これによってどこまで業界の改革が進むかが未知数なため、実際の参加者名は今は伏せておく。

場所を提供したワオの関係者として、JAniCA発起人の一人として、また専門学校で学生たちを指導している講師の立場としても、この会合が"日本のアニメ業界の改革の一歩"となることを切に望んでいる。

この会合の切っ掛けになったのは、もう何年も前から私が訴えていた「新人動画マンの経済的な惨状が、結果的にアニメ業界全体の技術体力の低下につながっている」との思いに、志の高い各社の代表プロデューサー諸氏が賛同してくださったからと感じている。

特に今回の会合を仕切り、意見交換の場を纏めてくださったジーベックの下地社長には、大変なご苦労が予想され頭の下がる思いである。どうもありがとうございました。

以下、下地社長の了解を得たので、その時に配布された会合の趣旨書をご紹介させていただく。

(この後数枚、ジーベックとしての改善案が続くのであるが、各社の立場や意見を配慮し今は控えさせていただく)

いずれにせよ、日本のアニメが2Dを中心に今後も作品制作を行なっていくのであれば、アニメーターの、特に新人アニメーターの優秀な人材の確保を行なう必要が有る。

そのための雇用体形の改善は、一刻も早く行なうべきだと思う。

アニメ業界は今、自助努力でなんとか状況の改善を図ろうとしているが、本質的な改善が大変難しい状況にある。

なぜならそこには関連各社の立場の違いがあり、動画協会に所属する出版・音楽・玩具等のスポンサー各社との力関係がアンバランスだからである。
アニメ産業育成のためには、国や都の行政機関が現状を正確に把握し、行政指導の形で『トップダウンによる制作予算配分の流れ』を作っていただくことが最も望ましいのではないかと私は感じている。

現在、アニメ業界は同じ作品に関わりながら、年収数千万円を稼ぐ人間と百万円前後しか稼げない人間が共存している。

それが、技術力やキャリア、作品への貢献度の違いのみで発生しているのであれば理解できる問題なのだが、現状はそうではない。

シナリオ、演出、作画、ペイント、美術、撮影、編集、音響、等の担当セクションの違いによって、不当に儲かる仕事とジリ貧を強要される仕事が存在する業界なのだ。

この状態を放置すると、作品制作の根幹が崩れ業界自体が瓦解する危機的状況である事を、我々は意識と行動のレベルで理解しておく必要が有る。

一人では、一社ではどうにもならない問題ではある。しかし、これから先の業界の発展を望むのであれば、是非すべての関係者にこの問題を考えていただきたいと思っている。

JAniCAがその一翼でも担えれば、発起人として参加した甲斐がある。