■井上俊之のブログ - 当事者として

当事者として

カテゴリ : 
井上俊之のブログ
執筆 : 
井上俊之 2011-1-16 15:07
さて、今回の文化庁事業受託の経緯に関して様々な噂がとびかっており、多くの方が真相を知りたいと思っているのではないでしょうか。
私が当事者として見た事、感じた事を良く聞かれる質問に答える形で具体的に書きます。

芦田さんが主張する事業費の内部分配は何故出来ないのかという疑問に関して
この事業は思いがけず(おそらく企画書を書いた神村さん桶田さんにとっても)ジャニカの企画が採択されました。
その時点において主要な人事は、文化庁の公募の締め切りが短期な事もあり了解を速やかに取り付けやすい神村さんの人脈で概ね決まっていました。その事、及び企画の内容に芦田氏は非常に強い不満を訴え、ジャニカ内部の人間にももっと仕事を割り振り、報酬を分配出来ないかと提案しました。
細かい人事は事業進行中でも実際変更されていますし、芦田さんたちにもそのような形で細かい仕事を割り当てる事は可能だったはずです(実際打診もされています)が、彼らの望んでいる事はそのような「仕事」ではなく、この事業の内容に関われるような「大きな」役職を望んでいる事がそれまでの発言から私には明らかに思えました。芦田氏は「グランドプロデューサー的なことをやりたい」「奥田、宇田川をこの事業に入れる事を強く希望する」と発言。宇田川氏は理事会にも滅多に出席しない方で、奥田氏というのは「若手が育ってどうなるの? ベテランの生活が逼迫しているんだよ!」などと発言される方です。
しかし、この事業は公共事業であり、採択後に企画の内容を変えたり、計上された予算には無い配分や支出は許されないもので、もし変更するのであれば書面にして再度申請する必要があると聞いています。神村さん達が考えた企画の内容で選ばれたのであり、採択後に内容を大きく変更する事など常識的に無理である事は普通は解る事です。が、芦田氏はその事に納得せず、事業進行後も異議を唱えていました。
既にかなり事業が進行したあの時点で、そのように「大きく」人事を変更する事が困難なのは明白です。

また芦田さんは文化庁に「白紙撤回」を申し入れたのか「人事変更の可能性」を伺いに行っただけなのか、本当の所どうなのかという事もよく聞かれます。
彼らは2度、文化庁に行きました。(1度目は5月26日、2度目は5月31日。各社作品の応募が終了し、6月1日は当初選定の予定日でした)おそらく1度目は言われている通り人事変更の可能性を聞きに行ったのだと思います。2度目は何らかの書面を渡そうとしたと聞いています。(受け取りは拒否されたそうです)どちらも理事会の決議を経ていないものです。ほんとうの所その書面に何が書かれていたのか、私は同行していないので判りません。なのでその前後に有った事から類推するしかありません。
実は2度目の文化庁訪問の前日に私は奥田運営委員(奥田氏は1度目の訪問時芦田氏に同行)に「芦田氏から伝言あります」と呼び出され、お会いしました。その時、「この事業を降りるぞ」と奥田さんがおっしゃっていました。どう思うかと聞かれたので、反対の意を伝え「そんな事をしたら大変なことになりますよ」と言ったところ、「判った。それでは君の名前は書かないでおくよ」と言われました。(その時はその「書面」を見せられませんでした)この事からその書面にはこの事業から降りるという趣旨の事が書かれていたのだと私は思います。

しかし文化庁訪問当日の芦田さんらの本意がどうだったかはこの際問題ではないのです。本当の問題は芦田さんらのこの一連の行為により事業が中断してしまった事(文化庁訪問以前に本来接触してはいけない事業の選定委員に接触し、おそらく圧力をかけた結果、数名の辞退者が出た事も影響して)、そして総会当日の理事会においての芦田さんの主張がこの事業のリーダーである神村さんを事業から外せというものだった事、外した後のプランがその時点で何ら無かった事から、芦田さんの主張を受け入れればそのまま事業が頓挫してしまうのが明白だった事です。

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