■井上俊之のブログ - 苦手意識のち大好物

苦手意識のち大好物

カテゴリ : 
井上俊之のブログ
執筆 : 
井上俊之 2011-2-17 23:56
今回も騒動とは関係ない「愛する」アニメの話を

私はエフェクト(自然現象)アニメーションが好きです。キャラクターを描くよりも好きかもしれないと思うことが有る程好きです。というか「好きになって」来ました。今や「大好物」です。若い頃はどちらかと言うと苦手意識が有り、なるべくその手のカットは避けたいとさえ思っていました。私がアニメーターになった頃は既にありとあらゆるアニメの表現は記号化されており(当時はそれが「記号」だと言う意識さえありませんでしたが)それを覚えさえすれば、いろんなエフェクト(煙、水、炎等の自然現象)が一応表現出来ることになってはいました。それら「記号」は生み出された当時の意味は忘れられ、我々の世代以降によって次々アレンジされて(それはそれでとても面白い表現も有りはしたけれど)アニメを見慣れた鑑賞者以外にとっては効果音等が伴わなければ全くなんだか判らないであろうものに変容して行きました。かく言う私も大して疑問を持つことなくそういう風潮に加担していた一人です。

なぜ「苦手」意識が有ったのか、「煙」を例にとります。
当時のアニメの「煙」を表現する記号的描き方では,煙の3次元的な動き(手前に向かって沸き上がってくる動き、巻き込みながら上昇する動き等)がどうしても上手く表現出来ず,さりとてそれを上手く出来る描き方を私自身は生み出せずにいました。正確に言うと生み出そうともしておらず、はなからそんなことは表現出来ないと思い込んでいたと言った方が良いのかもしれません。ですから,煙を3次元的に動かすことを避けざるを得ず、そのことが煙を作画することを「苦手」と思わせていたのだと思います。
私の認識では煙を初めて3次元的に動かし得たのは「王立宇宙軍 オネアミスの翼」における庵野秀明作画によるロケット打ち上げシーンの煙の描写だと思います。(おそらく世界でも初めてだと思います)私個人としては本編そのものよりそのシーンの作画に感動したと言っても過言ではありませんでした。
ただその素晴しい作画を見ても、それを上手く自分の表現として取り込めないでいました。それは多くの同時代のアニメーターも同様で庵野さんの表現を消化吸収出来ずにいたように思います(もちろん全ての作品を観ていた訳ではないので,異論のある事とは思います)
その数年後、もやもやとした気分を抱えた私や同時代のアニメーター達におそらく大きなインパクトを与えたのは「ガンダム0080ポケットの中の戦争」第1話冒頭における磯光雄による作画だと思います。やはり同様にロケット打ち上げのシーンが有ったり,「爆発」「ミサイル発射」等の「煙」を表現したカットが多数有りました。そこで描かれた煙のフォルムは今までのどの表現より画期的に「立体的」で「3次元的」に動いていたのです。今でこそ普通のことになりつつ有りますが,煙や水と言った捉えどころのない自然現象をもはっきり「立体」として捉え、それを洗練されたアウトラインと陰影のみで「立体的」に表現するということは彼の出現までは無かったことでした。「立体的」に動かそうと言う時にその対象を「立体」として把握しようしていなかったことにやっと気づかされたのでした。
それ以降遅ればせながらそのことを意識し,同時に実写映像や写真等を参考にしたり(これも当時の私や多くのアニメーターは実践していなかったと思います)するようになり、エフェクトを「表現」することが楽しくなり始めました。一言で「煙」と言っても様々なバリエーションが有り,その違いを表現しようと思うことで(実際には表現しきれなくとも)作画の仕事に飽きずに取り組むことが出来るのかもしれません。私が30年近くほぼ原画の仕事だけを飽きずに続けて来れたのはそういう「楽しみ」を幸いにして見つけることが出来たことが大きいのだと思います。

前回書いた2冊目の本「特殊効果アニメーションの世界」を買ったのも偏にエフェクトアニメーション好き故なのです。ディスニー出身の方が書いているのだからきっと「ファンタジア」「ピノキオ」(エフェクトアニメーション史的にもこれらの作品は最高峰と言って良いでしょう)におけるエフェクトアニメ技法,担当したアニメーターに言及しているはずと思いましたが,それらに関する記述はあまり無く、その点では期待はずれでした。しかしその内容は、著者がアーチストでありながらも合理的、論理的思考に満ちあふれた内容で、抽象的な概念を巧みに言語化する能力の高さに驚きました。欧米人の書くこの手の技法書には本当にいつも感心させられます。

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